ARDエッセイ 第10回 2026年10月号 創作が生まれる場所

いつもARD(アートオブザラフダイヤモンズ)の活動を温かく応援してくださり、ありがとうございます。アートディレクターの若尾尚美です。

一年かけて準備してきた、オックスフォードでの金子さんの詩のイベントが、いよいよ開催されます。

一年あれば、事前に十分な準備ができるだろうと思っていました。ところが最後の二か月は、ほとんど全力疾走でした。とくに詩集は、十月の第二週になってもまだ編集を続けていたんですよ。

イベント告知ページ(在英国日本大使館のイベント案内)

まず、一冊を世に出す

十分に納得できたかと聞かれれば、正直に言って、いくらか諦めた部分もあります。それでも、まず初版を出すことが大事だと思いました。この一冊を携えて、次の扉を開くのです。

今回のイベントについて、あらためてご紹介させてください。グレートブリテン・ササカワ財団の助成を受け、金子隆夫さんの俳句と絵に、オックスフォード大学のローレンス・マン先生の英訳を添えた詩集『生きるための名言集(Wisdom for Life)』を出版します。そして十月末、オックスフォード大学のケロッグ・カレッジと、街の書店Curio Books + Cultureで、講演と朗読のイベントを開きます。金子さんは東京から、Zoomで参加します。

この企画に最初に興味を持ってくださったのも、マン先生でした。それと同じように、英国の方々がこのイベントに関心を寄せてくださっています。参加の表明、詩集の感想、新しい視点や考えが、次々と届きました。

専門家の方とも、そうでない方とも、議論し、交流する。そうやって私たちの歩みを残すことに意味があると思っています。皆さんにお会いし、語り合えるのが、今はとても楽しみです。

触れないわけにはいかないこと

もちろん、話すのは文学的な評価や作品の内容だけではありません。

金子さんは詩人です。もっとも、そう呼びはじめたのは私の勝手なのですが。障がいは関係ない、と言いながら、やはり触れないわけにはいきません。

ただ、私が話したいのは障がいそのものではありません。こうした創造性が生まれてくる、日本の障がい者施設という場所のことです。

ここまで準備に力を貸してくださった皆さんに、心から感謝しています。その「ありがとう」を伝えるためにも、このイベントを必ず成功させたいと思います。

近くなった世界、それでも遠い国

それにしても、世界はずいぶん近くなりました。

はじめて留学でロンドンへ渡ったとき、私には未知の場所へ行く怖さがありました。今は違います。インターネットやSNS、YouTubeが、知りたいときに知りたいことを、見たいときに見たいものを見せてくれます。この先どうなるのだろう、という不安はずいぶん小さくなりました。行ったことのない日本のどこかの町へ出かけるくらいの感覚です。

それでも、英国はやはり遠い国です。円安のおかげで、向こうに着いてから揃えればいい、という考え方は通用しなくなりました。要りそうなものは、とにかく日本から持っていく。航空会社選びも必死でした。

日本の航空会社なら何かと安心ですし、食事も食べ慣れたものが出てきます。長いフライトの映画も楽しめます。それでも今回は、上海乗り継ぎの中国系の航空会社を選びました。機内のモニターに、中国の壮大な風景が映ります。果てしなく続く、川とも海ともつかない水面に、とてつもない長さの橋が架かっている。スケールが違いすぎて、むしろこれから向かう英国のほうに安心を覚えるほどです。

日本はいま、世界のなかでどんな位置にいるのでしょうか。このイベントを通して、外から眺めてみたいと思っています。

居心地のよさのなかで

日本にどっぷりと浸かっていると、そのあまりの居心地のよさに、戦争をしている国があることさえ忘れそうになります。忘れているわけではありません。けれど、どこか遠い出来事になってしまうのです。

国内にもさまざまな問題があって、そちらのほうが大事だと言われれば、その通りです。ただ、遠いか近いかではなく、苦しんでいる人、大変な状況にある人がいることは悲しい。みんなも、自分も、穏やかな日々のなかで暮らせたらいいと思うのです。

創作が生まれる場所

そんなことを思いながら、自分たちの活動のことも考えていました。

私はこれまで、障がいのある人の穏やかな暮らしを手助けできたら、と思ってきました。けれどそれは、障がいのある人が社会のなかに居場所を持ち、安心して過ごせる施設があることを、世の中に知ってもらうことに変えていったほうがいいのかもしれません。

私たちは、一人の才能あるアーティストにスポットを当てようとしてきました。けれど本当は、創作が生まれる場所そのものこそが、彼らの尊厳を守り、彼らの存在を確かめられる、大事なものなのかもしれません。

ニワトリが先か卵が先か、ではあります。アーティストにスポットが当たることで施設の存在が知られるのかもしれないし、施設を紹介することで、彼らの存在が浮かび上がってくるのかもしれません。

ただ、安心していられる場所があること。信頼できる人が近くにいること。それは、どんな人にとっても大事なことです。

すごいな、金子さん

話をオックスフォードに戻します。

金子さんという詩人を英国で紹介することで、私たちNPOの活動にも、きっと変化が生まれるでしょう。紹介しているつもりが、気がつけば金子さんの存在が、私たちアートオブザラフダイヤモンズを動かしている。

すごいな、金子さん。

行ってきます。

アートディレクター 若尾尚美

 

金子隆夫 詩集『生きるための名言集』出版記念イベント

10月30日(金)11:00〜13:00(日本時間 20:00〜22:00)

 講演と質疑応答 ケロッグ・カレッジ(オックスフォード大学)Mawby Room

10月31日(土)11:00〜13:00(日本時間 20:00〜22:00)

 朗読会 Curio Books + Culture(Common Ground 地下スペース)

両日とも、東京の金子さんとZoomでつなぎます。

翻訳 ローレンス・マン先生(オックスフォード大学)

助成 グレートブリテン・ササカワ財団

詳細 https://kaneko-ard-oxford.netlify.app/