推しアーティスト紹介|詩人・金子隆夫さんの言葉が私たちに残すもの|アートのダイヤの原石を輝かせたい:連載第2回

いつもARDの活動を温かく応援してくださり、ありがとうございます。アートディレクターの若尾尚美です。

今年からホームページで、私たちの活動をエッセイとしてお届けすることを始めました。

そこで今後はテーマを少し絞り、アートオブザラフダイヤモンズの“推しアーティスト”を、私たちの視点でご紹介していきたいと思います。

もちろん、異なるご意見や感じ方があることも承知しています。どうかその違いも含めて、温かく受け止めていただけたら嬉しいです。


ARDがいま注目するアーティスト、金子隆夫さん

記念すべき最初の“推しアーティスト”としてご紹介するのは、私たちがいま特に注目しているアーティスト、金子隆夫さんです。

金子さんは、埼玉県川口市にある障害のある人の福祉施設 工房集 に所属するアーティスト。
私は金子さんを「詩人」と紹介するのがいちばんしっくりきますが、ご本人はご自身のことを「ぼやきパフォーマー」と呼んでいらっしゃいます。

その肩書きからも、金子さんの言葉の世界観が少し伝わるかもしれません。

(画像出典:https://kobo-syu.com/goods/金子隆夫「生きるための名言集%E3%80%82」/)


小冊子『生きるための名言集』が持つ不思議な力

(画像出典:https://kobosyu.thebase.in/items/70131254)

金子さんの小冊子『生きるための名言集』をご存じの方も多いのではないでしょうか。
この冊子は、金子さんが日々の暮らしの中で見聞きしたこと、ふと湧き上がった感情や気づきを、日記のように綴ったものです。

毎年1冊のペースで刊行され、現在は全10巻。10年という時間をかけて積み重ねられてきた、金子さんにとって大切な営みでもあります。

『生きるための名言集』というタイトルは、本当に見事な名づけだと感じます。
読んでいると、自然と元気になったり、思わず笑ってしまったり。ふと金子さんの気持ちに寄り添い、うなずいてしまう瞬間があります。

カバンに1冊入れておいて、時々開きたくなる——そんな存在です。


詩とは、人生の小さな「避難場所」なのかもしれない

詩集とは、本来こういう存在なのかもしれません。
身近に置いて、ふとした瞬間に好きなページを開く。ほんの短い時間、現実から少しだけ離れて言葉の世界に浸る。

その一瞬が、自分を取り戻したり、気持ちを切り替えたりする助けになる。
金子さんの言葉には、そんな小さな避難場所のような力があります。


優しさとユーモアが同時に存在する言葉

金子さんの言葉は、優しさと愛に満ちています。そしてそれが、金子さん独特のユーモアとして表現されている点が大きな魅力です。

人はここまで温かな眼差しを外の世界に向けられるのか、と驚かされます。
誰の中にも慈しみの心はあるはずなのに、それを言葉にするのは簡単ではありません。

私自身、想いはあっても、いざ言語化しようとすると言葉が見つからない——そんな経験を何度もしてきました。
金子さんのすごさは、その難しい作業を、自然に、しかも絶妙な言葉でやってのけてしまうところにあります。


「はがき職人」だった金子さんの、もう一つの物語

(画像出典:https://x.com/marronniercm/status/1848164687504196055)

これは「工房集」のスタッフ、渡辺さんから伺ったお話です。

金子さんは詩人として活動する前、施設の中で「はがき職人」として働いていました。和紙を漉き、葉書に仕上げる仕事です。

しかしこの仕事は、均一さや不純物の有無など、厳しい基準が求められます。少しでも規格から外れると破棄となり、また一からやり直しです。

一生懸命に、愛情を込めて漉いた和紙が簡単に捨てられてしまう。
そのたびに、金子さんはまるで自分の一部を否定されたような痛みを感じていたといいます。

次第に表情は曇り、施設に来られない日も増えていきました。それでも「仕事をしなければ」という思いで踏ん張ろうとする金子さん。その姿を見守る渡辺さんも、胸の痛む日々だったそうです。


「書くこと」が仕事になった瞬間

ある日、渡辺さんは「金子さんが何を思っているのか知りたい」「もっと力になりたい」と強く願い、金子さんが日記のようなものを書いていると聞き、見せてほしいとお願いしました。

そこに綴られていたのは、外の世界を愛情深い眼差しで見つめる、金子さんの本心でした。
渡辺さんは「この“書くこと”こそが、金子さんの仕事になるのではないか」と感じたそうです。

こうして、詩人・金子隆夫さんが誕生しました。


10年続く言葉の営み、そして現在の金子さん

金子さんからあふれ出る言葉は尽きることがありません。次から次へと新しい詩が生まれ、書くことが日常になっていきました。

10年の歳月を経て、『生きるための名言集』は10冊に。
いま金子さんは明るさを取り戻し、詩の仕事のために毎日「工房集」に通っています。

自分の机に静かに座り、黙々と言葉を紡ぐ。ときおり、同じ空間で働く仲間たちに優しい眼差しを向けながら——そんな日々を重ねています。


愛と優しさに満ちた「工房集」という場所

「工房集」という空間そのものも、愛と優しさ、楽しさ、温かさに満ちています。
絵を描く人、工作をする人、それぞれが自分に合った仕事に向き合い、疲れたら部屋の隅に用意されたベッドで横になる。

無理のない、気持ちの良い場所です。
訪れる私自身も自然と力が抜け、心がほどけていくのを感じます。

機会があれば、ぜひ皆さんにもこの場所をご案内したいと思います。

(画像出典:https://jlsa-net.jp/interview/koubosyu-1/)